アメリカで感じたこと


カーティス音楽院の門前でねばる
アメリカで一八〇度変わった
ポジティヴとは反対の世界の日本
ハッピーでなきゃ
カーティス音楽院の門前でねばる

 「私が二十六歳の時、指揮者の飯守泰次郎先生にも相談したんです。『アメリカに行くチャンスがあるんだけれども、行っても何もプランがない』と。先生は『とりあえず行ってみなさい。アメリカ人の音楽家の生活を見てくるだけでもいいじゃないか』と仰る。それで飛び込んで行ってみたんですよ。
 その頃全然英語が喋れなかったけれど、カーティス音楽院にまず行って、自分で門をたたいた。守衛さんが『お前何者だ?』と言うので、実はこの学校に興味があるんだっていう話をした。ところが僕は推薦状も何も貰って行ったわけじゃないから、6回くらい追い返されましてね。」

―それは大変でしたね。
 「いい加減にギヴ・アップしようかなとも思ったんです。アメリカは治安に厳しいからIDカード見せないと学校には入れないんですよ。ある日、7回目かな、予想通り守衛に止められ『またお前か』(笑)。ところが、その時、東洋人の女性がそばを通りがかって、もしかして日本人かと思って私は声をかけたんです。そしたら日本人だった。その方は息子さんがカーティス音楽院の学長のゲーリー・グラフマンにレッスンを受けているという。『じゃあ、知り合いだって言って、入れて下さいよ』と頼んで入れて貰ったんです(笑)。
 それで、学長を紹介してもらい話をした。アメリカにおいては、自分のことを宣伝しないといけないって前から聞いていたから『僕は日本から来た』『僕はとても良い指揮者だ』『学校に入りたい』って言ったんです。そしたら学長が『入りたいというのはどういうことか? 教えたいのか? それとも勉強したいのか?』(笑)と聞くんです。アメリカってそういう質問が来るんだな、と思ったものです。
 ともかく指揮の先生を紹介してくれました。オットー・ウェルナー・ミューラーというドイツ人の先生でした。彼に自分の経歴とビデオを渡して、僕をとにかく見てくれとお願いしたんです。いろいろ質問もされましたが『いいだろう、教えてあげましょう』と、簡単に決まったものですから、びっくりした。こんなものなのかなって。」

―留学を許可されたということ?
 「そうですね。尤も僕は学位を取ることが目的ではなかったんで、特別研究生みたいな形で入れてあげようということでした。その時はもう入試も終わっていたので、駄目かなとも思っていたんですが、そういう方法で勉強できるということでした。」

―それにしても、すごい決心で行かれたわけですね。
 「日本でやっていたことを全部捨てて、何があるか分からないところに行くわけですからね。でも、それを受け入れてくれるのがアメリカという国の包容力なのかな。」

―カーティスではどのような学生生活を送られたのですか?
 「いわゆる一般的な指揮科の勉強、先生のレッスンを受けたり、オーケストラの見学をしたりしました。
 特徴的なのは、フィラデルフィア管弦楽団の練習はいつでもフリー・パスで見学できるということです。ですからたくさん行きました。当時はムーティが常任指揮者でした。  カーティスにもいいオーケストラがあって、ムーティが指揮したり、作曲家のペンデレツキが指揮したり、フィラデルフィアに客演に来る指揮者が、時間があるときによく指導しに来ていましたけれど。とにかくそういう素晴らしい環境でした。」

―学生生活の他に指揮活動も?
 「そうなんですが、アメリカって本当に何が起きるか分からない所です。ある時、小さな演奏会で学生のオーケストラを指揮していたんです。その時、ある方、もう随分年輩の方なんですけれど、演奏会が終わってからのちょっとしたパーティの時に、僕の所に来て『あなたのことを知りたい』と言うんです。最初、何だろう、と思ったんですが、とにかく『僕は、桐朋を出て、小澤征爾や秋山和慶に就いて、こういう活動をして、今こうやって勉強している』というようなことを話したら、その方は『実は私は夏の音楽学校(チェヒー・サマースクール)をやっている。そこでオーケストラを教えている先生が今年は辞めそうだから、後任をあなたにお願いしたいんだけれど』って言うんですよ。任せたいと言われても、僕はアメリカに来て2年くらい経ってましたけれど、英語で教えるということに、まだ自信がなかった。ま、でも、とにかくやってみると言った。」

―尾崎さんの指揮だけを見て決めたわけですか。
 「これがアメリカなんだなと思いましたね。それがきっかけで、少しずつアメリカの音楽家との交流も始まって、自分のアメリカでのキャリアを広げていきました。」





アメリカで一八〇度変わった

 「アメリカでは、先生方から教わることも大きかったですけれど、それ以上に人々から教わることが大きかったです。つまり、人々のメンタリティ、音楽家のメンタリティが、日本とは全然違うんですよ。考え方が非常にポジティヴです。例えば、叱って悪いところを直すというよりも、誉めて良いところを伸ばしていこうという姿勢ですから。とにかく誉めて誉めて誉める。どんな演奏会をやっても、良いところを見てくれて、評価してくれるという姿勢ですから。それは、最初ちょっと面食らいました。私自身、小、中、高、大と日本的に厳しい教育を受けてきましたから。  ですから、180度世界が変化しました。今まで演奏会をやって、そのあと反省会やって、あそこは間違ったからすいません、ここも間違ったからすいません、という世界から、いきなり、あそこも良かった、ここも良かったっていう世界に変化したわけですから(笑)。」

―そのことが、ご自身の音楽作りでも大きく影響を?
 「もう、全然変わってきますよ、それは。とにかく、やっぱりハッピーですよ。何が起こったかは別として、ハッピーに暮らそうという、努力してハッピーになろうという姿勢は大きいですよ、アメリカは。」

―元来、尾崎さん自身は、どちらかというとポジティヴな性格だったのではないですか?
 「そういう要素はあったかも知れません。でも、カルチャー・ショックは大きかったです。特に自己評価。自分に対する評価が、自分は本当に低かったんだなと思いました、向こうに行って。」

―過小評価ですか?
 「そう、過小評価! 日本人というのは、僕だけではなくて、こんなに過小評価していたのかって思いますよ。それは、生意気で言っているのでもなく、自惚れて言っているのでもなくて、本心でそう思います。」

―日本の美徳である謙虚さというのは、この世界では……
 「うーん、そうですねぇ……謙虚というのは、何て言いますか、向こうではそんなに良い事とは思われていないのではないでしょうか。」

―向こうへ行けば、もっと評価される人も、日本では埋もれているのではないか、ということですか?

 「ええ、向こうでは自分のことをのびのびと表現できると思います。
 自分がこうしたいと思っていることがあっても、日本だとちょっとした壁がある。こういうふうに演奏すると、人はどう思うだろうか、とか、評価はどうなるんだろうか、というのがありますけれど、欧米の場合、そのまま素直に自分を表現することができる。
 日本では、日本製品にしてもそうだけれど、品質が均質な製品の安定した提供が大事だという認識が第一番ですね。向こうはそういうことでもない。とにかく個性をすごく尊重して、少しくらい飛び出ても、面白いじゃないか、という発想ですから。」





ポジティヴとは反対の世界の日本

―日本のオーケストラは総じて言うとポジティヴな世界とは反対側にあるように思います。
 「もし、そういうオーケストラがあったとして、それはやはり日本的な気質というか、そこがある程度壁になっているんじゃないでしょうか。どうなんでしょう。やっぱり、ミスがあっちゃいけないという、そこが一番の目標みたいになっているでしょう。何かを表現しようということよりも、間違っちゃいけない、傷があっちゃいけないということが目標になっている。」

―傷を気にするあまり、音色とか全体の音楽を見失う……
 「そうでしょうね。どうしても集団でものを考えてしまう、という日本社会の縮図みたいなものもあるかも知れません。個人個人が自分で表現していって、その結果の集団の集まりではなくて、最初に集団があって、その中の考えに全部自分が合わせなくてはいけない、という図式になっているんですね。」

―そういう図式では、演奏も平板なもの、センプレ・メゾフォルテみたいなものになりやすいのでは。
 「そうですね。そういうふうになりやすいのかもしれない。どうしても自分一人頭が出ちゃいけないという意識が、社会の中に住んでいてもありますから。」

―例えばある奏者がエキストラであるオーケストラに行きますよね。そうすると、もう怖くて弾けないという話をよく聞きます。
 「僕もそういう状況があると思いますよ。怖いというか、のびのびできない何かがあるんじゃないですかね。それは皆さん誰もが同じ様な問題を感じているんだけれども、どうしても直らない。
 みんな、それ感じていると思うんですよ。エキストラの人だけでなく団員の人も。それは自分自身に対する批判でもあるだろうし、第三者としての目を持てば、日本の音楽家、日本の音楽集団、そういうものに対しても意見を持っているでしょう。」

―みんながそう思っているのに。
 「何故か状況はよくならない(笑)。それが不思議なところですよね。」

―もっとのびのび弾こう……
 「僕、本当にそう思いますよ。だって音楽好きで始めたわけでしょ。皆最初は好きだったから始めたわけで、それがいつの間にか苦しくなっているんですよ。音楽やることが。結果的にハッピーでなくてはいけないと思う。
 もっと楽しんで良いんじゃないかと思いますけれど。特にアマチュア・オーケストラの場合、演奏会をやること自体が目的なんだから。」





ハッピーでなきゃ

 「アマチュア・オーケストラの場合、何かと比べて判断してしまうというのが不幸の始まりだと思う。どこかの素晴らしいレコードとかCDを聴いて、それを聴いて私達はここが足りない、あそこをもっとこうしようという、そういう一方的な姿勢が不幸にしてしまうんじゃないかな。
 だからアマチュアの方は、自分達自身だけを見て判断することもした方がいいと思う。例えば、前回の演奏に比べて今回はどうだったとか。3年前に比べてこういうところが良くなったとか。そういうふうにしていかなければ、ハッピーにならないんじゃないかと思う。
 何を目標としているのであろうか、何のために皆時間を割いて集まっているのであろうか、という問題になってきます。それが、傷のない質の高い音楽を目指しているんであれば、それはプロの音楽家がやることであると思う。
 そして、アマチュア・オーケストラを聴くお客さんというのは、必ずしもこのオーケストラが上手いから聴きに来ているわけじゃなくて、一生懸命やっている姿にも感動しているわけでしょう。自分の知人がいる、自分の友人がいる、奥さんのお友達がいるかもしれない。その中で暖かい目で見ているわけではないですか。
 特に思うのはアマチュア・オーケストラの人が何でそんなに緊張するんだろうと。アマチュア・オーケストラを聴きに来るお客さんて皆暖かいお客さんですよ。にもかかわらず、あそこをミスった、ここはどうだった、というネガティヴな話に明け暮れている。」

―プロのオーケストラとアマチュアと音楽する上で違いというのは?
 「特にないと思います。やっぱり基本的に音楽を愛しているということは、共通していますから。」

―音楽を作る上で違いはないと。
 「そうです。そしてどんな仕事も楽しんでやらなければいい仕事はできないと思います。だからそういう意味ではプロの音楽家も楽しんでやるのが健康的です。そりゃ厳しいことは厳しいですけれど、自分達が楽しんで仕事しなければ、お客さんが楽しめるわけないです。」



(「ストリング」8月号/レッスンの友社 より抜粋)