ハンガリー系のルーマニアのオーケストラ



 「現在のルーマニアの北半分のトランシルヴァニアを中心に僕は活動していますけれど、トランシルヴァニアは戦前までハンガリー領だったんです。言わばハンガリーのテリトリー。ですから同じルーマニアでも北と南とでは気質が全然違うんです。
 僕はほとんどのルーマニアのオーケストラを客演しましたけれど、ルーマニアの南の方というのはラテン系なんですよ。言葉もだからイタリア語とそっくりなんです。それで音楽をやはり旋律の方から捉えていく。ラテン的というか、やっぱり歌うということが中心。
 対照的に僕が常任でやっているオーケストラ(ルーマニア国立トゥルグ・ムレシュ交響楽団)の団員は殆どハンガリー系ですから、非常にリズムが良くてシビアです。音楽をリズムから捉えているのではないかな。
 例えばシンコペーションとか出てくると、断然血が漲っているという感じです。ハンガリアン・ダンスみたいなものです。ハンガリー語というのは、第一音節、言わば一拍目にアクセントが来ます。必ず言葉の最初にアクセントがあるんです。ですから『ko-Da-i』なんて言いますけれど、本当は『Ko-da-i』。『Ba-ru-to-ku』。
 その言語の特性が民族的な音楽にも現われていると思う。拍の頭にアクセント。例えば、リストのハンガリアン狂詩曲第2番のタ、ターンの『タ、』は、アウフタクトじゃなくて、頭です。Ta-ta〜n Ta-ta-ta-ta〜nですね。
 そういうわけで、ハンガリーの民族音楽をたくさん聴くことができます。トランシルヴァニア地方は、古き良きハンガリーの民族音楽とか民族舞踊が残っているところなんですよ。ですから、ハンガリーの本国の方の人達がよく来て、民謡を聴いたりコンサートを聴いたりして、非常にノスタルジーを覚えるらしいです。
 実際僕がいるトゥルグ・ムレシュという町も、バルトークの最初の奥さんの生まれた町ですし、バルトーク自身もトランシルヴァニア地方で生まれました。それはあまり知られていないと思う。
 言葉もハンガリーの古い言葉が残っています。ですから本国の言葉の方が簡略されたハンガリー語で、トランシルヴァニアのハンガリー語というのは、古きハンガリー語がまだ残っていて文法も複雑です。
 トランシルヴァニア地方というのは、大きく三つの民族が混ざって住んでいたんです。ルーマニア人とハンガリー人とドイツ人。その他にジプシー、アルメニア人、ユダヤ人という少数の民族がいます。ですから、もともと民族が混ざり合って住んでいた所です。なかなか国境を引くのは難しいところなんです。」



(「ストリング」8月号/レッスンの友社 より抜粋)