グランド・オペラ 2004年 秋号
◇雪と段ボールの幻想
白い丸が、大小さまざまに、青や紺の地に浮かぶ。幼稚園児や小学生らが紙に描いたその白い丸の絵が、何枚も空中に溶け込み、ぼたん雪や、粉雪が、舞い落ちてくるように見える。
宮城県白石市文化体育活動センター(ホワイトキューブ)の広い空間。正面一面に立てられた床から高い天井までのパネルに、子供たちの白い丸の絵が張り合わされ、つらなっている。それを背景に、段ボール箱がいくつも組み合わされて舞台がしつらえられ、その上に歌手や合唱までもが乗って、白石市民オペラ、プッチーニ「ラ・ボエーム」が上演された=7月17日・写真。
段ボール箱は一見、乱雑だが、見ているうちに、何物をもまねしないという独自の存在感があることに気づいた。しかもそれは照明によって、美しくもなり、不気味にもなる。
舞台は第1幕がパリの安アパートの屋根裏部屋、第2幕がカルティエ・ラタンのカフェ・モミュス広場、第3幕は雪の降るパリのはずれの関門の前、第4幕は再び屋根裏部屋。登場人物のほとんどは新聞紙を切って作った服を着ている。子供たちの絵とともに、市民が半年かけたワークショップで作ったものだ。
第1幕で名も無く収入も無い詩人・ロドルフォとお針子のミミが出会う屋根裏部屋でも、背景は全面、子供たちの白い丸い絵になっていて、それは、見る者に初めからかすかな雪のにおいを感じさせ、のちの悲劇の到来を予感させる。若い芸術家やお針子たちがクリスマスイブのどんちゃん騒ぎをする第2幕のカフェ・モミュス広場では、その白い丸い絵が客席の側面に移動させられる。ミミの結核が発覚する第3幕。ロドルフォは貧乏で手当てができないが故に、愛しているのにミミと別れようとする。そこでは、再び白い丸い絵が正面一面の背景に戻される。いてついた野外の関門。紗幕(しゃまく)に流れ落ちる照明も加わり、静かに雪の舞う場となる。子供たちの白い絵は宙に溶け込んで、雪そのものとなり、よくあるような紙の粉雪などよりも、はるかに幻想的で、広い空間すべてが雪に包まれた。
終幕、若く貧乏な芸術家たちがなけなしの金をはたいて看病したにもかかわらず、ミミはこときれる。
ロドルフォが泣き叫び、音楽が最後の絶望をたたきつける背後で、ミミがベッドからすっと立ち上がり、仲間の画家・マルチェッロが描いていた大きな抽象画のなかに入って消えた。演出家はそこに昇華を表したのだろう。マルチェッロの絵は背景の白い雪の絵のなかに掛けられていたので、それは昇華というよりも、まるでミミが子供たちの白い絵のなかに溶け込んでしまったように見えて、雪の幻想が完結するように感じられた。
そこでは子供たちの絵と、プッチーニが描いたパリの屋根裏部屋が、自然に一体となっていた。演出・装置・衣装を受け持った美術家の日比野克彦、指揮の井上道義、芸術監督の三枝成彰は、忘れ難い不思議な空間をつくりだした。プッチーニが、風俗的要素のあったお針子を昇華させたとしたら、それをさらに子供たちの無垢(むく)に同化させた舞台であった。たっぷり歌う井上の指揮に仙台フィルハーモニーがきめこまやかに応え、歌手陣では、ロドルフォ役の小林一男の情感に満ちた歌唱が訴えかけた。(専門編集委員)
毎日新聞 2004年7月28日 東京夕刊
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