毎日新聞より

1995年6月4日
 毎日新聞日曜版より


 風の芸人
 筑前琵琶 片山旭星

 
即興的音の面白さ
 新しい可能性広げ


 水田に映る灯ろうの灯が、風にゆらゆらと揺れている。月は山の黒い稜線を浮かび上がらせる。琵琶秦者の片山旭星さん(四○)は、肌を伝わり、足元を抜けていく風の一つ一つを五感で楽しんでいる。

 五月初め、三重県松阪市の山中にある崑崙舎で開かれた「風のまつり」の会場にいた。「大地の吐息が風になる。その風の音を耳をすまして間いてごらん」

 主催者のこんな呼ぴ掛けに、全国からさまざまなアーチストや若者たちが駆け付けた。お田植え祭や仮面舞踏、ライブと盛り沢山の企画を、参加者は自分のぺースで楽しむ。片山さんも時に杯を傾けながら、千個の風鈴と川のせせらぎの音、カエルの鳴き声がおりなす大自然のシンフォニーを昧わっていた。

 「ゆったりとしたこの時間の流れと、ここに集まる人たちが好きなんです」

 片山さんは他の踊り手や楽器演奏者とよく共演する。即興的に飛ぴ出す音のおもしろさ。その刺激が、また新しい音楽の可能性を広げる。

 そんな片山さんがソロで筑前琵琶を演じると、ロック世代の若者がじっと聞き入る。「琵琶って初めて。こんなにいいものとは知らなかった」

 大阪市に住む片山さんは関西を中心に公演している。舞台、寺、野外。「頼まれればどこへでも行きます」

 最後の琵琶法師と呼ばれる熊本の山鹿良之さん(九四)の旋律、奏法を次代に伝える唯一の演奏者と周りは期待する。しかし当の片山さんは「ノスタルジックな保存なら意味はないですよ。それはお上が考えること。押し付けないでほしい」と迷惑顔だ。

 片山さんの音楽への関心は絶えす変化する。「自分が興味を持ったことを一つずつやっていきたい」。風のように自由に。それが片山さんの人生観でもあるからだ。

 もともと音楽は好きだった。最初にベンチャーズのコードを覚えた。ビートルズ、ボブ・ディラン。ジャンルを問わず聞きまくる。演奏はピアノからバリトンサックスまで。その後、独演の楽器が好きになり、大学では尺八も。勤め始めてから琵琶が気になり出した。師匠を求め東京、大阪と回った。

 「習い始めてから初めて琵琶歌を聞いたんです。ゾクゾクっとしましたね」、それがたまたま筑前琵琶だった。

 一九八八年から八九年にかけて、新内を人間国宝の岡本文弥さんに師事、九○年から肥後琵琶の山鹿さん宅を訪ね、寝食を共にしながら修業する。なかなか教えようとしない師匠を酔わせ、いい気分にさせて演じてもらうこともしばしば。師匠から演技を盗む、を地で行く修業だった。

 「この先、何に興昧を持つか分からないですね。酒を飲んでいることは確かです。琵琶も何らかの形で弾いているでしょう」

 中世の琵琶はニュースを物語風に伝え歩く門付け芸だった。片山さんのさまざまな試みは、琵琶が本来持つ新しい物好きの精神を現代に蘇させる実験なのかもしれない。

(紀平 重成)

1995年6月4日/毎日新聞日曜版より