近況報告 2000.春


 
 熊本城の桜吹雪、徳島県小松島市の満開の桜を満喫した後、例年より遅れて、京都の桜が見頃を迎えました。いつの頃からか、春を待つことが、桜の開花を待つことになってきました。膨らみ、色づいてくるつぼみを見ることが、春の訪れを感じることになってきました。
桜は不思議な花です。季節のサイクルの初めに花が開き、人が節目を迎えるこの時期に咲く桜は、いろいろなことを思い出させてくれます。
桜を讃えて、花の回りに戯れる人たちを、美しく見せてくれます。
花を愛でて、もの思う人たちに、夢を見せてくれます。
桜は、自分の役割を知っているかのように、見る者を魅了させてくれます。
 先日、神戸を訪れる機会がありました。まだつぼみの桜でしたが、5年前のことを思い出しました。その当時、震災でゆがんだ大地に根を掘り起こされたように立っていた桜や、夙川や芦屋川に倒れかけた桜にも花は咲きました。今は満開の桜が、人々を迎えていることと思います。
下記の手紙は、僕が95年2月1日に公演の案内として送ったものです。

 1月16日、大阪中津のミノヤホールで、ギター・ベースとのライブを終え、気持ちよく酔っぱらった僕は、17日早朝の地震の揺れにも気がつかず、目が覚めたとき、足元に散らばった本と、乱れた部屋の異常さに、何かが起こったことに気付き、スイッチを入れたテレビジョンは、次々と信じられないような映像を送ってきました。
 前厄のお払いに、西宮の門戸厄神にいく予定だった1月18日は、友人の無事を確かめる日になりました。
 ゴジラが歩いた後のような街で、「生きててよかった」と交わされる会話は、これが平和ニッポンの現実かと疑うものでした。
 陽の暮れた被災地を後に、買い出し列車のような阪急電車に乗って帰ってきた大阪梅田の街は、30分ほど前にいた場所が夢であったらいいと思うほど、遠くかけ離れた、あいかわらずのパチンコのネオンがまぶしい、着かざった服が忙しくターミナルを行きかう、見なれた景色でした。
 僕も、そんな人ゴミにまぎれ、行き慣れた飲み屋に入り、生ビールを一息に飲んだ後、日本酒を飲みながら、タメイキばからついてました。
 2月10〜12日、大阪ミナミのトリイホールを皮切りに、今年もまた、藤條虫丸氏と旅に出ます。
 人間として、今生きてることを素直に喜び、芸人として楽しみたいと思います。そして、少しだけ幸せになってもらえたらうれしいです。
・・・(略)・・・
 震災の5周年を迎える前日、僕は「金明姫(キムミョンヒ)・牧田清 2人展」のオープニングパーティで演奏しました。
 造形作家の金さんは、震災の年の3月、個展を開く予定だった神戸の画廊周辺の惨状をまのあたりに見て「生」ということを意識し、生身の人間から石膏で型を取り、和紙・韓紙を使ってマスクを作るという作業を始めました。今、2002年のワールドカップに向けて日韓両国でそれぞれ1001人ずつ、合わせて2002人のライフマスクを作り、集団群像の作品を制作しています。カメラマンの牧田さんは、震災直後から、当時住んでいた大阪から神戸市長田区へ自転車で向かい、在日韓国人の姿をカメラにおさめ続けました。
 数多くの人たちが、それぞれの形で震災に向かい合いました。そして、その現実は、多くの人の生活、生き方に変化を与えました。今、神戸の繁華街は、何事もなかったような街の景色を見せてくれます。国の復興対策本部の活動も終わり、経済振興の名の下に空港も作られようとしています。そんな中で、いまだに震災の後遺症を引きずっている被災者の姿は、なかなか見えてきません。弱者と呼ばれる人々の心や生活の苦境、実情をどれだけ知ることができるか、どれだけ想像することができるか、そんなことを思います。
 北海道の遅い春は、有珠山の噴火で避難生活を続けている人たちに、どんな桜を見せてくれるのでしょうか。
 僕は、「がんばってください」という言葉ぐらい、いい加減に使われる言葉はないと思っています。けれども、他になんと言っていいかわかりません。
 非人道的な事件が多発している今の社会の中で、「いたわること」「いとおしむこと」「思いやること」こんな事の大切さを感じます。
「同じ顔は一つも無いはずなのに、マスクを並べて遠くから眺めると、似たようにも見える。私たちは、同じ地球に住む仲間なのだと感じて欲しい。」
「わたしのつくるマスクは生きている人々の顔であり、これまで出会った、またこれから出会う多くの人々の自画像である。これからも和紙と韓紙でライフマスクをつくることに固執する。それは、わたしたちの生を限りなく豊かにしてくれ、豊穣な文化をつくると思う。」

 以上、金さんの言葉です。
人の数だけいろんな生き方があります。出来ることなら、人が生活している近くにいたいと思います。さりげなく、芸人として、人のそばにいたいと思います。
こんな事を、あれこれ思う今年の春です。
これから、葉桜になり、落葉樹に新芽が出て、つつじが咲く頃が、僕の一番好きな季節です。
 それではまたです。

2000年 弥生 上弦の頃